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ぺーじむいしゅきん−北海道十勝の原野より

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#いなかくらし礼賛?

アリスファームの本のあとがきで、「この本に載っているうつくしい庭や畑などは、最もおいしい最後の実りの部分であって、ここに載っていない(圧倒的に長い)前段階を経て完成したものである」というようなことをフジカドさんが書いていたことを思いだした。

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今月号の『田舎暮らしの本』に、わたしたちの暮らしのことが載っている。
わざわざ関西からライターさんが取材に来たのである。
できあがった誌面は、半日の取材内容がうまくまとめられており、写真も綺麗に写っている。文章の内容もわたしたちが語ったままだし、ライターさん相手だからといって特別な接待をしたというわけでもない。
それでも実際に生活している側からするとなんとなく、読者をだましているような気分になってしまうのは、やっぱり「ここに載っていない(圧倒的に長い)前段階」こそがわたしたちの生活のメインである、という思いがあるからなのだろう。

以下が我が家における(アリスファームとは比ぶべくもないがそれなりに必死な)「前段階」である。

 

AM

起床、朝の家事
ハウスの水やり
ヤギをつなぐ、ヤギの水やり、雄ヤギがからまっていたのでほどく(とても時間がかかる)
原野のごみ拾い
洗濯、子どもの学習をみるなど家事
クラブアップルの周りの草を刈って干す
黙々とハーブ畑草取り

PM(暑くてふらふらになりながら帰宅)
昼食づくり
ニワトリたちを運動場へ出す
ニワトリ水、エサ、緑餌やり
ニワトリを見張りながら昼食
デザートをつくって食べる(部屋のいちばん涼しいところでちょっとだけ涼む
ヤギたちの場所を移動させる
草取り再開
子どもたちと一緒に刈られた道路わきの草をレーキで集める。山にして、リヤカーに乗せ、ヤギ小屋まで運んで入れる。

雨の気配、洗濯物をあわてて取り込む
子ヤギを小屋に入れる。
子ヤギが干し草を食べようとしたので、別の部屋に入れる。
夕食の食材を収穫(オカノリ、レモングラス、トマト、ミニトマトなど)

以下、家に戻って家事

 

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仕事をしているの? していない? じゃあ平日何をやっているの? と聞かれるわたしの、一言で説明しがたい日常がこれだ。

共働き時代と比較すると収入は半分だし、だからといって楽できているわけでもない。「スロー」でもない。

 

育苗がうまくいかず、お向かいさんに苗を分けてもらったトマトたちは、長雨で灰色カビ病にかかってしまい、生き残ってはいるものの去年ほどの収量は期待できない状況。いつか胸を張って人に紹介できる畑になるのかどうか、ぜんぜん自信がない。
開拓のために飼っているヤギたちは、草をもりもり食べてくれる。が、逆に逃げ出して作物を食べてしまったり、食べてほしい草ではなく残したい草木ばかり食べてしまったりすることもある。暑い日はばてて倒れてしまわないか、心配の種でもある。

卵の生産も「自給を確立」なんて雑誌には書いてあるけれど、その後キツネといたち(と思われるもの)にやられて今は6羽になってしまった。

「確立」できているものなんて何もなく、すべてが模索と実践、失敗そして模索の繰り返しだ。

一生をかけても「確立」というところまではいかないのではないか、と思ってしまう。

 

そんなわけで、先日ラジオで雑誌を読んだパーソナリティーの方に「いいですねー、すてきですねー」と声をかけられつつ、「えーっと、そうですねー(一言でいえば、すてきなのか、いいのか、うーん、わたしにとっては価値あることだけれど、すてきと言えるのか、この人にとってはどうなのか…)」というようなボンヤリした返事を返すことになってしまった。

このひとは「前段階」のすべてを知っても、すてきと言ってくれるのだろうか? イメージとは違う現実を知っても、いいねと思ってもらえるのだろうか? というところが、どうしてもひっかかってしまうのである。
 

 

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雑誌の取材の際に訊ねられた中に、実際には掲載されなかったことがある。
それは「どんな人がこのような田舎暮らしをするのに向いていると思うか」という質問。
わたしたちの答えは、こんなふうだったと思う。

「安いから選ぶ」というのじゃない人。
「月10万円で暮らせる町」なんていうテレビ番組もあったし、田舎暮らしは安い、と思っている人が多いかもしれないけれど、実際はそうでもない。
特に北国はタイヤ代だの、ここのように車社会なら車は二台が必須でさらにそれぞれガソリン代…など、都会で暮らすよりもお金がかかる部分も多い。
そして自給についても、「買った方が安いし、楽だし、クオリティも高い」ということがままある。
だから、安いほうがいい、という価値観のまま田舎に来ても、楽しめないと思う。
安いことではなく、自分の手で作ることに価値を見いだせる人、
安いことではなく、地元の、顔の見えるつながりのなかで物やお金が循環することに価値を見いだせる人、
水のおいしさや澄んだ空気や星空のうつくしさや、そういったものにお金以上の価値を見いだせる人、
そういう人が向いていると思う。

 

うん、これ、伝えたいなあ。
そしてもうひとつ、やっぱり「圧倒的に長い前段階」に価値を見出しそれを楽しめる人、だろう。
できあがった成果だけを評価されると、完全に原野と子どもたちに負けているわたしは以前の自分や同年代の人々と比べてひどい落ちこぼれだろうけれど、そこから多くのものを得ていると思えるからこそこの生活を続けられるのだ。
 

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(お昼ごはんの野菜はお昼ごはんの前に収穫!)

先日、鶏をいたちのようなものに襲われて、8羽、葬った。今度こそ守ると誓ってから一週間もたたないうちの襲来。血を吸っただけで去ったのか、死骸は持ち去られず横たわったままだ。触れるとまだ温かい。肉は、人は食べられないが燃やしてしまうのは忍びなく思い、とりあえず一羽ずつ捌いた。内臓と羽を燃やした。T氏はいなかったから、四月少年が暗い中一生懸命焚き木を拾って、焚火をふうふう吹いてくれた。
煙が目に入り、わたしはもう情けないやら、悲しいやら、感覚が麻痺したようになりながら最後まで捌いた。少年がいてくれなかったら、絶対にできなかったと思う。
翌朝、オスヤギのガラをつなぎ直そうとしたら、やさしい目をしていると思ったのに、突然わたしに突進してきた。笹薮の中にしりもち(というより、背中もち)をつき、青空が見えた。イタドリの枝をグッとつかんでこれ以上ガラが向かって来ないように振り回しながら、「どうしてこんなことするの!(信じてたのに)ガラのばか!」と叫んだ。ガラは「なんで怒ってるんだろう」とでもいうような、きょとんとした顔をしてわたしを見つめている。
叫びながら、なんだか笑ってしまった。
前日からの緊張がほどけた瞬間、だったんだろう。
ヤギをつなぎ直し、柳といっしょに風にふかれながら、わたしはここで、都会に住んでいたときの何週間分かの、ぎゅっと詰まった何かを体験している、と思った。
たぶん誰かにとってはただ苦しいだけの、でもわたしにとっては価値のある何か。

報われることがあり、報われないことがあり、
喜びで満たされることがあり、がっくりと肩を落とすことがあり、
月並みな言葉だけれど、これが生きるということなんだろう、自然の中の営みというものなんだろう…そう感じている。
つやつやした収穫野菜のイメージや、楽しげなイベントばかりを求めるのではなく、
「”生きる”がぎゅっと詰まっている」ことそのものを求める人ならばきっと、自給暮らしの苦労も喜びに変えることができるはず。

というわけで、そんな開拓者(住人希望者)の方、お待ちしています。




2016.08.03 Wednesday ... comments(0) / -
#妖精と暮らす

初めにおかしいと気づいたのは、バラのとき。
植えたバラが翌日、掘り返されていた。
ヤギが通りがかりに引っ張って抜いてしまったのかと思い、丁寧に埋めなおすと、翌朝もまた掘り返されている。
それはとてもきれいに、まるで人間がスコップで掘り返したみたいに。
苗が食べられた形跡はない。
「これは庭小人の仕業だね」
そう言って別のところに埋めると、その後はだいじょうぶだった。
「庭小人が、ここの場所はよくないよ、って教えてくれたのかも」

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ところがその後、庭小人は活動範囲を広げていった。
植えかえした大好きなレモンバームも、Jさんにもらった大きなルピナスもギボウシも、Aちゃんにもらったラズベリーも。
みんな掘り返されている。
すぐに気づけばいいけれど、しばらく放っておいたら夏だもの、根っこはカラカラだ。
石を置いてもわざわざ動かして掘る。相当な力の持ち主だ。
おじいさんのトムテを想像していたけれど、いたずら好きの若者かもしれない。
困ったなあ…。

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ある日、掘り返されたライラックの根元に小さなウンチがあった。
ネコか?
通りかかった猟師のWさんに相談すると「これだけ掘るのはキツネだろう」と言う。本当に深く深く掘るのだ。
一体何のために?
「何か埋まっていると思うんだろうな。」
Wさんはカラカラになってしまったラズベリーたちをぱちんぱちんと切ると、わたしが持ってきた水入りバケツに根元を突っ込んだ。
「これでまた芽が伸びてくれたらいいけどな」

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ありがたいことにラズベリーは小さな芽を伸ばしてきてくれたけれど、「庭小人」に対してはその後も有効な対策が思いつかず、見つからないことを祈りながら埋めるだけ。
レンガや木で周りを囲んだり、支柱を立てて網を張ったりしているが、やられるときはやられるのである。
先日のあとりの会で博識のOさんに聞いてみると、やはり「キツネでしょうね。」との回答。
「動物の中には自分が採った肉の食べ残りを埋めたりするものもいます。そういうものを探して”埋め跡”を掘り返すのでしょう」


…またキツネか。
鶏を盗むばかりか苗までダメにしてしまうなんて、いい加減にしてほしい。
キツネにとっては至極当然のことなのだろうけれど、人間のわたしから言わせていただけるなら、たまには役に立つこともしてほしい。それだけ掘る力があるなら笹の根っこを掘り返すとかさ。朝起きて原野に行ってみたら、エンレイソウやエゾクガイソウをていねいに避けて笹だけを掘り返して畑を作ってくれていた、なんてことがあったら、相応に感謝するのだけれど。

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エゾクガイソウ

キツネの仕業と知ったからといって何もできないのなら、庭小人として、妖精として、あるいは妖怪として想像したままでいたって同じだ。

わたしは「妖精がいた頃」を生きている。
クリームをボウルに一杯、夕方に戸口の前に置いておくと、朝それがなくなっていた頃。
庭で菜園で不可思議なこと、人間には思いもよらないことが起きて、困ったり怒ったり笑ったりしながら、いたずら好きの妖精と共存していた頃。

虫にやられたり鹿にやられたりキツネにやられたり。うまくいかないことがたくさんあって落ち込むこともしょっちゅうだ。
だけれどこんなふうに人間の思い通りにならないのが、自然の中で生きるということなのかもしれない。何もかも人間の思い通り、計画通りになるって、実はすごく特殊なことなのかもしれない。

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妖精がいる世界と、いない世界と、どちらに住みたいのかと問われたら…未知のことやままならないことに取り囲まれた世界と、何もかもが思い通りになる均質な世界のどちらに住みたいのかと問われたら…わたしは、きっと前者を選ぶんだろう。
鶏の亡骸を少年と一緒に燃やしながら、悔しくてむなしくて煙で自分の心も浄化したいと願った夜とか、丹精込めて育てた作物たちが収穫直前でぷっつりと食いちぎられているのを呆然と見ていることしかできなかった朝とか、そんな日がなければよかったとは、きっと思わないんだろう。

これからも繰り返されるであろう、自然の厳しさを実感するとき、共存の難しさを痛感するとき。

心挫けそうになるそんなときには、胸の中で小さくつぶやいてみよう。
「わたしは”妖精がいた頃”を生きている。」
そして遠い昔に、妖精の姿を想像し物語を語った人々のことを、彼らの苦労と喜びとを想ってみよう。




2016.07.27 Wednesday ... comments(0) / -
#魔除けの耳飾り

何気なく耳に手をやった瞬間、指が小さな硬い粒に触れた。
瞬間、わたしは小さく叫びをあげて、耳についたマダニをむしりとろうとしていた。
「痛い!」

耳が千切れるかと思った。
そうだ。
これはマダニじゃない。
わたしったら、昨日からピアスをつけていたんだった。

 

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耳にピアスの穴を開けた。唐突に開けた。

 

自分の身体に傷をつけて飾るということは、若かった頃のわたしにはなんとなく危うさ−自傷行為のような−を感じさせるもので、だから自分では一生やらないだろうと思っていた。しかし大人になった今、わたしは耳に穴を開けて装身具をつけることが文化の一部である世界の女性たちを知っている。
彼女たちの姿はとても自然で、「人間というのは着飾るものだ」と教えてくれる。そこには恥ずべき過剰な自意識は何もないように見える。歴史的にみてもかなり古くから、イヤリングが存在するずっと前から存在する、魔除けの御守りだったもの。ちょっといいな、と思った。

 

でも本当の理由は、もっと精神的なものだ。
土曜日に大学時代の友人たちがいっぱい東京から泊まりに来てくれて、とても楽しい一夜を過ごした。
十五年ぶりだった。
出会ったのはまだ十八歳の春。若かった。将来はまだ何も決まっていなくて、それでよかった。ただ本を読んで歌を詠んで散歩して歌って、夢想するばかりの毎日。未来はただすばらしいことが待っているだけの白い道だった。
今は違う。
深夜まで語り合って日曜日の朝、起きたら安全だと思っていた鶏小屋にキツネが侵入して八羽が犠牲になっていた。せっかくTさんに譲っていただいた烏骨鶏のオスたちも、「皇后」と呼んでいたコーチンのメスも。
友人たちと残りの時間を楽しく過ごすために、ショックは封印した。何も感じないことにした。
これはよくあることなんだ。
昼過ぎ、友人たちと名残りを惜しみながら別れ、その後投票に行った。
結果は翌日の新聞で知った。

 


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何か「祭りのあと」とでもいうような気持ち、説明のつかない思いが自分の中に溜まっているのを感じた。
力が抜けてしまうような感じ。
たぶんわたしは、子どもの頃に帰りたかったんだろう。悪いことなど何も起こるはずのない世界に、愛され護られて、未来を考える必要もないくらいに満ち足りていた頃に。
今は違う。
わたしが護らなくてはならない。
時には奪われ、蹂躙され、失望を重ねながら、護らなくてはならない。

 

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(にぎやかだった頃)

 

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(最近は鶏のことばかりやっていて、運動場にしっかりした扉もつけたのだけれど、今回は夜、鶏小屋の中にいる時に襲われた)

 

わたしはもう大人で、自分自身も、子どもや他の小さな命たちも、この手で護っていかなければならない。
強くならなきゃ。
小屋を破られたら、二度とキツネに狙われないような強固な小屋を作るのだ。
もしも世の中がおかしな方向へいきそうだったら、力を合わせてそうでない方向へと舵をきるのだ。
他の誰でもない、このわたしがやるのだ。


そんな気分だった月曜日の朝に、突然ピアスの穴を開けることにして、さっさと皮膚科に行ってガチャンと開けてしまった。
ピアスなんて一生縁のない、つつましくて上品な日本女性もいいけれど、昔々の、角や石で魔除けを作って身につけていた人々−自然やその他の脅威から自らの身を護り、祈りながら生きてきた人々−のほうに、どちらかというとわたしの人生は近づきそうだし、何かそんなふうに生きてゆくための覚悟のようなものを自分に示したかったのかもしれない。
強く生きてゆく覚悟。

 

考える暇が与えられていたらきっと躊躇していたと思うけれど、今のところ違和感もないし、イヤリングをつけると頭が痛くなるわたしには合っているかな?

 

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あの鶏兼ヤギ小屋は、今から完全に塞ごうとしてもまた盲点がありそうで、おまけにもともと通気性も悪く掃除しづらく鶏を飼うのに適しているとは言えなかったから、ヤギだけの小屋にしていくことにした。どうせ冬のために干し草をたっぷりたくわえるスペースが必要だったのだ。


最強の鶏小屋を別に作る。
わたしは孵卵器を導入して、雛を孵す。
ボリスも、烏骨鶏とコーチンも。
そして広い鶏小屋でたくさんの鶏を飼うのだ。
Tさん、キツネに食べられた鶏たち、本当にごめんなさい。
次は絶対に失敗しない。

 

夏至は過ぎたけれど、やることは終わりが見えるどころか増えるばかり。
夏と同じスピードで、走ろう。




2016.07.12 Tuesday ... comments(0) / -
#争わない未来へ

山へ行こう 次の日曜 昔みたいに
雨が降れば 川底に沈む橋越えて
胸まである 草分けて ぐんぐん進む背中を
追いかけていた 見失わないように
抱えられて 渡った小川 今はひらり 飛び越えられる
一緒に行こうよ ”こくわ”の実 また採ってね
かなり たよれるナビになるよ

(略)

一緒に行こうよ いつも眠った帰り道  今度は 私が運転するから
一緒にね いろんな話しよう
晴れたらいいね 晴れたらいいね 晴れたらいいね

−DREAMS COME TRUE『晴れたらいいね』より



この曲を聴いて泣き出してしまうのはわたしくらいかもしれない。
−こんなに楽しそうな曲なのにどうして?
少年たちがふたりとも、不思議そうな顔をしている。

「いつか歌手になるために東京へ行く」と強く心に決めている四月少年は、きっとほんとうに行ってしまうだろうと―そしておそらく帰っては来ないだろうと―わたしは思っている。
成人し、全く違う環境で日々を過ごす彼の中にも、今の生活が…笹薮をかきわけてタラの芽を採ったり、弟とクルミの木にかわるがわる登ったり、鹿の解体をじっと見つめたり、凍った池で滑ったりしている日々が、生きていてくれるのだろうか。
原野へ戻ってくればすぐに今を思い出して、なつかしそうにあれこれ植物を採ったりするだろうか。
一緒にいろんな話ができるんだろうか。
照れくさそうに彼女を連れてきたりするのかな。

ああ、また泣きそうになってしまう。
 

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わたしの、世界でいちばん大切な人たちは、三人とも男性だ。
だから、日本に軍隊ができたら徴兵される可能性がある(もちろん、女性も徴兵されるかもしれないけれど)。
そんなことになる前に―非国民なんて言われるようになる前に―はっきりと言っておくけれど、そんなのは絶対にお断りだ。
わたしの少年を戦場にやって、誰かを殺させたり、誰かに殺させたりするなんて絶対にしない。

 

 

 民進党・江田憲司代表代行(横浜市で街頭演説)

 安倍晋三さんは当選1回生の時に私にこう言った。「自分は日本を普通の国にしたい」と。普通の国とは何ですかと聞いたら、安倍さんは「米国や英国と同じように、普通に軍隊を持って、普通に戦争できる国にしたい」と言う。ビックリポンだ。うそでも冗談でも誇張でもない。平和国家日本だったのに、自衛隊が戦争に巻き込まれるという危険性が目の前にある。危機意識を分かってほしい。

 

先日の北海道新聞に載っていた。
たぶん本当にうそでも冗談でも誇張でもないんだろう。
でも、それならそうと国民に言ってほしい。「こういう理由があるから私は日本を”普通に”戦争ができる国にしたいのだ」と、おばあちゃんもおじいちゃんも18歳も、テレビのいうことが正しいと思って疑わない人たちにもはっきりと分かるように言ってほしい。
「米国や英国と同じように、普通に軍隊を持って、普通に戦争できる国にしたい」と。
それでも日本国民が安倍さんとともに「普通に戦争できる国にしたい」と言うのなら、わたしは日本を去るしかない(ああ、一体どこに行けばいいんだろう?)
この地への愛は人一倍あると自負しているけれど、息子を戦地に送ることだけはできない。

軍隊をもち戦争できる国にならなければ自衛できない、という人がいるけれど、そういう人は自分が戦地へ行くつもりなんだろうか。
頭の中で駒を動かせばいいわけじゃなくて、自分が戦地へ行かなければならなくて、死んだら終わりだとしても、それでいいんだろうか。
大切なものを守りたいという気持ちはもちろん分かる。けれど、「国を守るために」戦争以外の方法がないかどうか、必死で考えないのだろうか?

 


男の子ふたりを育てているとよくわかる。
争いたがる子どもが武器を手にすることがどれだけ危険か、ということが。
まず手で叩く。
蹴る。
頭突きする。
ふとんに突き飛ばす。
石を投げようとする。
ここまでの間に、だいたいどちらかが泣きだして話し合いになる。
多少の擦り傷や怪我はあるけれど、両方とも素手であればその程度で済む。話し合いをして、どちらも悪かったことが分かり、ごめんねを言い合っておしまい。
もやもやした気持ちが残ることももちろんあるけれど、忘れてしまうこともできる。

 

一度、四月少年が怒りのあまり十月少年に石を投げたことがあった。
石は少年の歯に当たって、歯を欠けさせてしまった。
仲直りしても、歯は元に戻らない。
まだ乳歯だったから良かった。
これが目だったら?
持っていたのが銃だったら?
どうなっていたのだろう。

 

国を子どもに例えるなんて、と思われるかもしれない。
でも、国民は愚かだし施政者も愚かなものだ。それは歴史を見れば明らかだ。人は愚かで、過ちを繰り返す。
熱を帯びると怒涛のように手がつけられなくなり、正しい判断ができなくなり、感覚が麻痺し、残虐さにも慣れてしまう生き物だ。


だから子どもには銃を持たせない。
互いに歩み寄ることを教える。
どんな親でもやっていること。
「国」の産みの(そして育ての)親である国民は、それを「国」に守らせなければならない。
そしてどんなに愚かで危険な子どもが施政者になったとしても殺し合いへの道を進ませないように、きちんと柵を作っておかなければならない。

それが憲法だとわたしは思う。

 

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明後日は選挙の日。
まだ、誰に投票するかを決めていない。
でも、戦争にならない方法を必死で考えて行動してくれる人に、票を入れたいと思う。
争わずに生きる方法を共に考えてくれる人に。
いつか少年が帰省して、家族みんなで小川を渡りにいくその時を、わたしはとても楽しみにしているから。
コクワの実を採りに行こう。ヤマブドウの実も採りに行こう。
やさしい恋人を連れてきて、
「あー、やっぱりこの空だ」って言って草の上に寝っころがって、
そんな少年といろんな話をしたいから。




2016.07.09 Saturday ... comments(0) / -
#物語に入る(メモ)

六月に入ってからT氏は出張続き、天気は雨続き、家族は風邪続き、キツネがやってきて産卵率はガタ落ち、挙句に雄山羊ガラさんまで風邪をひいてしまい、晴れやかとは言い難い我が家。 何か、目が覚めるようないいことがないかなあ…。
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気分をから揚げにしたくて、ヤマブドウとヨモギとオオバコをとってきた。
米粉をはたいて、ジャーッ!

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こちらは野良ゴボウ。 農家さんだったら放り投げるような品質だけれど、種を投げておいただけでここまで育ち、小さいなりに食べることができるのだから、ありがたいと言わなければならない。 ゴボウはもっと種を投げてみよう…。

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家の近くに出ていたキノコ。ナメコのようにみえるのだけれど…。
キノコは畑の脇などにたくさんでてくるのだが、知識がないので手をつけられない。

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前前回の記事で、「自分から(例えばセミナーや懇親会などの場に)出かけているわけではないのに、普通に暮らしているだけで次々と出会いがあり、何事かが起こってゆき、自分をどこかへ連れて行くようで不思議だ」と書いた。

あれから、そのことについて時々考える。

十勝に来て三年とすこし。原野に来て丸二年。
冬の長さに辟易したり、思い通りに進まない開拓に苛立ったり、「二拠点居住にしよう」なんて半分本気でT氏に提案したり。
まだ、自分とこの土地との関係がゆらぎないものとは言えない。
お墓の脇を通るたびに、「わたしもこの地で墓に入るのだろうか?」と、何か心許ない思いになる。
東京の友人から手紙が来るたびに、「もうひとりのわたし」が東京にいるパラレルワールドを彷徨ってしまう。

まだ、目覚めたら所沢にいて「全ては夢だった」ということがあっても、不思議ではないような感じ。
子どもの送り迎えの車内で古楽を聴きながら、今が日常ではなく旅の途中であるかのように錯覚してしまう。

…だけれど、不思議なことに、ここ数か月の間に「物語の中に入った」というような感覚があるのだ。
このフィールドで生まれる物語の中に、自分がふっと入れたような感じ。
うまく言えないのだけれど、そこでは流れている音楽も、見える景色も、起こる出来事も、それまでにわたしが住人であった「物語」とは全く違っていて、わたしはわたしのままであっても、前の物語とは全く違う出来事が起こり、全く違う方向へ話が進んでゆく、そんな感じなのだ。

「住んでいる場所が違うのだから、当たり前だろう、そもそも引っ越しだけでなく、仕事を変えたり、子どもを産んだり、そういったひとつひとつの選択が、全く違う物語へ誰しもを導くのだから」
と、そう思われるかもしれない。
わたしも、至極当たり前のことを書いているようでなんだか恥ずかしいのだが、どうしたらこの不思議な実感を表現できるのだろう。このことが起きたのが移住してすぐではなく、今になって、というのが、わたしにとっては興味深くて不思議なのだ。

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わたしが一度もお会いしたことのない、一度お会いしてみたいと思っていたNさんという女性がいる。
彼女は帯広で編集者を務めたのちに道東で両親と共に宿を営んでいた方で、宿のブログによれば日々山菜をとったり、罠で鹿を獲ったり、旅人をもてなしたり、していたらしい。
三人もの人からその人の話を聞いて、一度泊まってみたい、お話してみたいと思っていたのだが、結婚して京都へ移ったのだという。

一度も会ったことがないNさんのことを、なぜか時々考えてしまう。
雪山で鹿をとって、捌いて、食べていた彼女が、京都へ行ってどんな暮らしをしているのか。
目に入る風景の大きさが全く違う場所で、生きるスケール感のようなものも、身体を流れる音楽も、すべてが異なるであろうその場所で、彼女がどんなことを感じて生きているのか…

それはもう、『白雪姫』と『プリティ・ウーマン』くらいに世界が違うんじゃないか。
『ドラゴンクエスト』と『ときめきメモリアル』くらいに世界が違うんじゃないか。
つまり、同じ主人公が別の町なり別の仕事を見つけて話が展開していく、というのではなく、もう、物語ごとすっかり入れ替えるような体験なんじゃないか、と、想像するのである。

『ドラゴンクエスト』から『ときめきメモリアル』へ、すんなりと移れるかどうかはわからない。いつ移れるのかもわからない。身体が移ったら自動的に物語が移るわけではなく、時間をかけて自分がその土地のつながりの中に「入って」いく過程で、物語の中にも「入って」いくのではないか。そんなふうに想像してみる。

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この「物語に入った」という感覚は、すごく心ときめかせるものだ。
友人が、昔イタリアで過ごした日々のことを「毎日がきらきらしていて、そこだけ宝箱に入っているよう」と表現したのだけれど、わたしは、そんなふうに人に感じさせる秘訣のようなものは「物語」であるような気がしている。

それは、具体的にはどういうことなのだろう?
土地と、自然と、歴史と文化、そしてそこから生まれるうつくしさや音楽やスケール感やそういったもの、そして人のつながりや縁のようなものに「自由な心で身を任せる」ような、そんな感覚だろうか。
土地でとれるものがその気候で過ごす身体にしっくりと合う、というような調和が様々な点で自分をとりまき、ドミノ倒しのように自分の中で理解できる、そんな感覚だろうか。
それが、ひとつのきっかけが次々に別のものにつながって、主人公を導き、最後は円となるような、そんな「物語感」を生み出すのだろうか。

十勝というのは地域愛がとても強いところで、地域のものびいきだ。距離でいえばとても広範囲に亘るのに人と人とのつながりが強く、おまけに多くの人は比較的新しいもの好きだから、知り合いの知り合いがすぐに知り合いになる。
そんな十勝の、人と土地との、そして人と人との「つながり感」の高さがわたしの「物語感」をつくりだしているのかもしれないし、わたし自身の原野やこの土地との調和が高まってきたせいなのかもしれない。その両方かもしれない。
最近よく、「引き寄せ」という言葉を見かけるけれど、わたしは自分がぐいぐいと引き寄せるというよりも、何か人のつながりの中、自然の循環の中、この土地の歴史の中に入れてもらう、と想像する方が楽しい気がする。

う〜ん、自分でも自分に何が起きているのかよくわかっておらず、整理されていない文章になってしまった…
今回のところはメモということで、また、自分で理解できたら書いてみることにしよう。




2016.06.21 Tuesday ... comments(2) / -
#六月の畑

北海道は梅雨がない、と聞いていたのだけれど、ここ数週間雨ばかり。

降ったり晴れたり降ったり晴れたりで、ヤギを入れたり繫いだり入れたり繫いだりと忙しい。

合間には、自然とハウスに足が向く。

 

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整地の際に通路が低くなってしまったのだけれど、水はけを良くする必要は全くないのだった…。

そのうち埋めよう。

 

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トマトは青い実がつき始めた。

最近はハウスを開けてもいない(=虫も入らず風もない)ので、受粉するかが心配で、手で弾いて受粉を促している。

 

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よく見ると、パクチーとマロウがいるはず…

 

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サラダ野菜たち

 

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ラベンダーさん

 

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オカノリも背が伸びてきた!

少しずつ収穫できそう。

 

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5月下旬頃、ハウスの中が暑くなりすぎる日が続いて、一体果菜以外に何を育てよう…?と思っていたけれど、この外界から隔絶されたハウス、小宇宙という感じでなかなか心地よい。

屋根を打つ雨の音と、くぐもった光と、箱庭のような世界。

料理人のT氏に「ネギをとってきて」と言われてとりに来て、ついつい草取りに30分も過ごしてしまった…。

 

来週は雨が止んで、外の畑も作業ができますように!




2016.06.20 Monday ... comments(0) / -
#六月あとり<鹿ハムづくり>
さて、猟師さんにいただいた鹿の後ろ肢。
冷凍庫には入りきらないし、入ったとしても匂いがついておいしくなくなってしまうのはイヤだ…といえば「燻製しかない!」
ということで、笹で紙を作るはずだった六月の<あとりの会>、急遽燻製づくりに変更した。

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ということで、まずは下処理。

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塩、胡椒、砂糖、ニンニク、ハーブ類などが入っているソミュール液に六日ほど漬けたものを、

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一晩塩抜きして、

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水分をふきとって紐を結び、

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まる一日乾燥。
本当は、涼しくて風が通る場所に何日も置いておくようなのだけれど、今回は時間もないし傷みが心配なので扇風機で風を当てた。

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さてあとり当日。
前日までに切っておいた材を組み合わせてスモーカーづくり。
今回作るスモーカーは2ドア式の冷蔵庫のような形で、下には七輪を入れて煙を焚き、上には燻製にしたいものを吊るすという形。
鹿の肢を吊るすということで、かなり大型だ。
木材は、家にあるものでは薄すぎるということで購入。

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あとり男性の基本装備・つなぎ。
彼は七輪の上に置いてチップを乗せる鉄板を作成中。

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そのチップはというと、もちろん原野で採取。
こんなふうにあちこちに生えている中途半端な大きさの胡桃の木を鉈で伐り、小刀で削るのである。

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地道な作業だけれど、わたしたちの会の楽しみは「自分の手でつくる」「原野にあるものを活かす」というところにあるのだから、ここは「ホーマックで買ってくればいいや」とはならない。

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ちゃんと親指で押さえてね…

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こうやってやるんだよ〜

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スモーカーチーム、がんばれ〜

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T氏が誤って丸ノコで切ってしまった切れ目を、練った小麦粉で塞いでもらったところ。

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ダンパーがつきました

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よし、完成!

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お肉を入れるよー!

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一日風に当てたらだいぶ締まった感じ。
…に見えるのだけれど、保存性を考えるともっともっと乾燥させた方がよかった…
とりあえず煙をかけて、乾燥させて、必要ならまた煙をかけて、と、繰り返すことで保存性を高めることができればいいのかな。

七輪にも炭を入れ、鉄板を置いてクルミのチップを乗せ、11:00頃ようやく燻煙スタート。
最初は35℃くらいから始め、数時間後に温度を上げていくという予定。

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では煙の番でもしながら、食事の支度をはじめますか。
本日は持ち寄りランチではなく、具材持ち寄りバーベキュー。
皆が焼くものの準備をしているとNさんが「アカザとってきたよー」。
「じゃ、冷蔵庫にあるものを適当に使ってスープ作って」と言うと、Yさんが「チヂミなんかもいいんじゃない?」
ということで、四月にみんなで採ってきたギョウジャニンニクの醤油漬けと、アカザと、小エビでチヂミ!

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めちゃくちゃ緑だ〜。
タレもYさんが、辛めとポン酢ベースと二種類作ってくれた。すごいよ女性陣!

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これは遊びに来てくれた猟師(であり町議であり<モクモク十勝>宿主)の吉田さんが持ってきてくれた鹿肉の燻製。
ロースのお肉を贅沢に!

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ひとくち食べると…うわああ!
わたしは普段、よほど心を動かされなければ「絶品」という言葉は使わない。グルメというわけではないので「絶品」なんて言ったら馬鹿にされそうな気がするのだ。ほら、絵画に造詣が深くない人が「この絵は傑作だ」なんて言わないのと同じで、言っていいものか迷うのである。おまけに時々、他人が「絶品」扱いしているものを「そうでもない…」と思うこともあるので、自分の味覚が信用できない。

しかし、これは間違いなく絶品! 旨みがぎゅっと詰まっていて、しかもとろけるような舌触り、まるでチーズかと錯覚するくらいになめらかで、肉の味と燻製の香りが奥深く…。
吉田さん、すごい! <モクモク十勝>のモクモクはスモークのモクモクだったのか(違う)

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お肉や野菜も焼けてきた。

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この時はいただいた熊肉も焼いたのだけれど、これがとっても繊細な味わいでおいしかった。
とりあえず焼いてみてよかったなあ。
以前、新得の知り合いが「熊肉をもらってシチューにしたのだけれど、強烈で、しばらくは家じゅうが獣の匂いになっていた」と言っていたので、この日もショウガやニンニクの入ったたれを作って漬けようとしていたところ、Oさんが「いや、熊肉はフルーティーでおいしいんですよ。牛の肉より癖がないくらいですよ。だから強い香りで味をつけるより、トマト煮なんかが合っていると思う」と言ったので、半信半疑でそのまま焼いてみたのだ。

吉田さんによると、熊は雑食なのでその個体が何を食べていたかで味が大きく変わるのだという。
「これは当たりということですか」
「そういうことでしょうね」

たまたま冷蔵庫にあった花豆入りの野菜のトマト煮をかけて食べたら、うっまーい!と感動。

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スペアリブ。ちょっと塩抜きが甘くてしょっぱかったけれど、肉!という感じのかみごたえがあっておいしかったな。
それにしても、あとりの女性たちってどうしてそんなにお肌がつるつるなの〜。

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焚火といえばマシュマロ!だけどマシュマロを買っておくのを忘れたので、即席バウムクーヘン。
もちろん、卵は「原野たまご」で。

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「切り株っていうより蜂の巣みたい…」

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味はサクサクしておいしかった!
もっとしっとり仕上げるには、強火で焼けばよかったのかなあ。

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Nちゃん「このカボチャ、糸に吊るして焼いてみる」
糸が焼けて落っこちるよ!
…ま、でも実際にやってみて分かることもあるので、糸を濡らしつつ焼いて、やっぱり糸が切れて、それもいいんだな。

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この日はとても寒かったので、ご飯を食べ終わったあとも焚火が大活躍。
こういう薪もあとりで作れたらいいなあ。

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途中で味見。う〜ん、まだまだ…
余ったばら肉も燻してしまおう。

さてこの日の主役は鹿、猟師の吉田さんも来てくれたので自然に狩猟の話で盛り上がる。
「皮をもっと活用したいよね…」
「昔の家はみんな肉は狩って食べていたんですよ」
「こんなに豊かなところにいて、お肉が狩猟だけで自給できるのだから、やらないのは勿体ない気がする」
なんて話をしていたら吉田さんが
「鹿だけじゃなくハトなんかもおいしいですよ」と。
本当に、昔の人たちは大きいもの、小さいものに限らず、身近にいる色んな鳥や動物を食べていたんだろうなあ…

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で、一足先に退席した吉田さん、しばらくするとハトをもってきてくれた。
おお〜っと一同、歓声とも動揺ともとれる声をあげる。
「とにかく、血を抜いて羽を毟ろう。」

ウサギの時もそうだったのだけれど、ごちゃごちゃと考えるよりも先に、目の前にいる「獲物」が必要としていることをしているうちに、解体が済んでそれは「肉」となっている。
ハトの羽はとても抜けやすく、臓器を出すときだけ少し(最近、哺乳類ばかり見ていたので)手間取ったけれどあっという間に解体が終わってしまった。
たぶん、みんな心の準備もなく「肉を洗って」とか「頸を落として」とかわたしに言われて、少しのためらいと実行とを繰り返すうちにいつの間にか解体が終わったことに「あっけなさ」のようなものを感じたんじゃないだろうか。

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あたたかい肉を、すぐに串に刺して焼く。
死後硬直で硬いかと思いきや、柔らかでおいしい。カラスより臭みがなくておいしかった。

まだあたたかく、撃たれたばかりのハトが、あっという間に肉になって、今は自分の口に入り、自分の一部になっている。
そのことのふしぎ。
そして、いつもはスーパーで買うばかりのお肉が、こうして家のすぐ近くで手に入ること、本来はみんなこうして食べていたのだということ、<家畜>がいなかった頃のこと…
焚火にあたりながら、それぞれが考えただろうか。


この日の参加者は<あとりの会>がはじまった時から参加してくれているレギュラーメンバーばかり。誰も「怖い、気持ち悪い、残酷、どうしよう…」とは言わずに、でもはしゃいだりふざけたりもせずに、静かに受けとめて、一緒に「おいしい」を分かち合えたことが、わたしはとても嬉しかった。
こんなふうに感じたのは、<あとりの会>が始まって以来かもしれない。

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しばらく、誰も何も言わないで火を見ている時間があった。
わたしは、不思議な気持ちだった。

「自給自足がしたい」という思いで十勝にやってきて三年、笹原の開拓は牛の歩みだし、畑も小さくて最盛期の夏でも野菜のすべてをまかなうことはできない。本当は芋や大豆、人参なども広い面積で作りたいし、冬場は雪室で保存したい。ヤギを飼ってはいるけれど乳製品をそれでまかなえているわけではないし、開拓の友といってもしょっちゅう脱走して野菜や果樹苗をかじり、一進一退どころか一進二退くらいしているような気もする。
もっと畑に集中すればいいのにやりたいことが多岐にわたりすぎてどれも中途半端、「この土地へ来て二年、どんな成果があがっているのか」と言われてみると回答に窮してしまう…

そんな現状がありながら、一方では色々なことが驚くべきスピードで実現しているようでもある。
春から毎日原野の草を食べている。トマトの苗が駄目になればもってきてくれる人がいる。子ヤギを交換し廃鶏を譲ってくれる人がいる。猟師さんに出会い、鹿の解体に立ち会い、その肉の塊を燻し、この地で出会った人たちと火を囲み、近所で獲れた鳥を食べている。
三年前には想像もできなかった出会い。想像もできなかった暮らし。

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時々、「一体、何を目指しているの?(どこに進むつもり?)」と訊かれることがある。
わたしは何を目指しているんだろう。
今、目指しているのは、ここに来る前に読んでいた本の中の、雑誌の中の「自給自足」や「田舎暮らし」ではない。誰かがわたしに植えつけた憧れではない。完成されたモデルではない。

ここで出会った人たちと、わたしたちと、原野との、化学反応みたいなところから生まれる何か、唯一のものなんだ。
わたしはただ原野を開拓しているだけ、特別誰かに会おうと出かけているわけではない、それなのに、ほんとうに不思議なくらいに魅力的な人たちとの出会いがあって、わたしをどこかへ連れてゆく。
どこへ進んでいくのか、自分でもわからない。明日どんな出会いがあり何が起こるのかわからない、それはまるで海にいるみたい。


あたりが暗くなっても、わたしたちは煙の中にいる。
小雨が降る中、みんなでヤギを小屋に入れる。見えないけれど、霧がたちこめているのを気配で感じる。
焚火の火にあたりながら、猟師のWさんにもらった小鹿の皮をなめしながら、
「昔の人たちも、こうして火にあたりながら皮をなめしていたんだろうな」
と言うと、仙人のOさんが「そうでしょうね」と言った。

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さて、その日は20:30頃に解散、最後に一本燃えさしの薪を入れて、他へ燃え移らないのを確認してから家へ入った。
燻製器は少しずつ冷えて、たぶんその後三時間くらいは煙が出ていたんじゃないだろうか。

今回の燻製はこんな感じ。
11:00 燻製スタート 35℃
13:00 少しずつ温度を上げようと試みるも、なかなか上がらない。煙も少なめ。
15:00 「七輪の上にチップ」では温度が上がらないので、薪の燃えさしとチップをまぜてしまう。50℃くらい
16:00 60〜65℃
18:00 七輪だけでなくバケツを投入。75℃
21:00 75℃


4時間くらい35℃。その後、50〜75℃まで6時間くらい。
ただ、最初の数時間は煙が少なかったため、燻した時間ほどには色がついていないような気がする。
一週間乾燥させて、また日曜日に燻してみよう。

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下に置いていたバラ肉はいい感じ。このまま食べられる!

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う〜ん、いい香り…

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最後は燃えている薪(我が家の薪はミックス薪だけれど、これはナラかカシワでしょう、とOさん)をそのまま入れて温度を上げていた。安全性を考えるとずっと見守れる場合しかできないね…

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あ〜、楽しかったなあ。

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この後は「涼しくて風通しのよい場所で熟成させる」ということで、ドキドキしながら扇風機で風を送っている。
今が秋だったらよかったのだけど。
真夏になったら、網に入れて涼しい地下に吊るそうか…。
こんな見た目だけれど、切ると中は血がしたたるくらいにみずみずしい。
もっともっと乾燥させなくては…。
怖いので、時々煙をかけながら、時々切っては料理に使い、様子を見守るとしよう。

焼いて食べると、燻製と鹿肉の香りがたまらない!
我が家は毎日肉を食べるわけではないし、十勝は野菜が美味しいのでそれだけでも十分と感じることも多いのだけれど、スープを作る時などには時々「ベーコンがあったら…」と思う。市販のベーコンは無添加のものが手に入りにくいし、保存期間も短いのでほとんど買うことはないけれど、我が家の食材にベーコンが加わったら、かつおぶしが加わったに等しい広がりがあるのではないだろうか。
心躍る!

来月以降のあとりの会(しばらくは、具材持ち寄り野外調理にしようかと思っている)でも、このベーコンが活躍してくれる予定。うまくいけば、みんなと一か月ごとに味の変化を楽しめるはずだ。



2016.06.14 Tuesday ... comments(0) / -
#鹿の解体
肉を自給するために狩猟免許(罠)をとったわたし。
雪に埋もれながら毎日確認に行ったのもむなしく、冬の間の成果はさっぱりで、志がくじけそうになっていた。
ところが、免許をとったことをきっかけに地元の猟師さんたちと知り合いになることができ、勉強になるやら、モチベーションが上がるやら…
というわけで、血の匂いのする記事が続きます。

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この記事には、動物を解体している写真が含まれています。
動物を殺す・食べることに嫌悪感をもたれる方、肉を食べるべきではないとお考えの方は読むのをお止め下さい。
この先を読まれる方は、わたしが猟奇的な趣味から動物を解体しているわけではなく、食べるため、肉を得るために解体・精肉していること(そして、自分が解体していない肉を食べる時は誰でも、毎回、他者にそれをやってもらっているということ)をご理解のうえ、読み進められるようお願いします。
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雪の中、毎日罠まで通っては足跡を確かめ、今日はかかっていないか、明日はどうかと焦がれつづけた鹿。
「血抜きと解体の良し悪しで肉の味が決まる」と言われているため、ベテラン猟師さんの技を見せていただきたくてお願いしていたところ、日曜日の朝いちばんに「家の近くで獲れたよ!」と電話が。
家まで運んで見せていただくことになった。
この個体は一歳のオスだそうで、この大きさで「小さい」とは驚きである。

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まず、脚から皮を剥ぐ

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皮はきれいにはがれる。
ここで猟師さんが何度も言っていたのが「ナイフはよく研いでおく」ということ。ふむふむ…

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次に後ろ肢を切り離す。


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こちらはロース。
夏期、ハエがたかったりするときには、解体している間に肉に卵を産みつけられてしまうため、すべて解体せずにロースやフィレなどのおいしいところしかとらないこともあるという。
この日はハエもいなかったので全部とってもらうようにお願いしたところ、
「全部とるなら順番違う方がよかったな」と言っていたので、また今度見せてもらおう…

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職業猟師のWさんが捌くと、とてもきれいに肉がとれる。

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アバラ。
骨を切断するところは、骨も切れるような太いナイフで行っていた。

後ろ肢、前肢、ロース、フィレ、レバー、心臓、バラ、そして最後にタンをとると、もうほとんど骨と皮しか残っていない。
とても綺麗に、すっきりと肉がなくなり、変な言い方かもしれないけれど、「これだけきれいに無駄なくお肉をいただいたのだから、これでよかったのだ(鹿も納得してくれる)」というような清々しい気持ちになった。

今回鹿の解体を見せてくれた猟師さん、一人は職業ハンターのWさんで、もう一人は芽室町の議員さんでもある吉田さん。
吉田さんは<モクモク十勝>という面白い宿もやっていて、わたしたちは昔泊まったことがあるのだが、旅人が、たくさんのお料理が並んだひとつのテーブルを囲んで食事をするというアットホームなお宿。山菜など地元の食材が食べられ、十勝の話を色々と聞くことができる。移住したい人などは色々相談に乗ってもらえると思うので是非どうぞ。

「(今は無駄になっている部位なども多い)鹿で町おこしができないか」と吉田さん。
わたしも同じ思い。肉だけでなく皮や角、脂など、資源として活用できないかなあ…。他の町や企業もやっていることかもしれないけれど、効率よく、そしてセンスよく(ここが大事)、鹿を活かしきって、地域にもプラスになる仕組みが作れないだろうか…。
免許をとっただけで獲物をとったことすらないわたしはまだハンターとは名乗れないけれど、微力ながら何かができないか考えていきたい。

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後ろ肢二本。一人では持てない重さ。量ってみると一本で15kgあった。

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これはやわらかそうなフィレ肉。

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ロースも、とても大きい!
ロースとフィレ、前肢、後ろ肢は二本ずつある。
ロースと前肢とレバーはご近所のKさん、Nさんにおすそ分けしたけれど、Kさんも「新鮮なうちに食べきりたい」とIさんにおすそ分け。
とにかくすごい量だ。

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後ろ肢は、あとりの会で燻製にすることに決めた。

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腱を取り出しているところ

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T氏、関節の構造にため息…


さて、ここからはお料理編。

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レバーは1/4をレバニラ炒めに。残り1/4をペーストに。
心臓はT氏が味醂と醤油で炒めたら、子どもたちに大人気のお惣菜に。

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こちらはタン。
薄く切るのが大変だったけれど歯触りはまさにタン!
すこし生臭さがあったので、やっぱり塩ネギたれで食べるのが良かったかも。

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Nさんのために前肢を解体したときにでた半端な肉片。
パクチーと一緒に炒めたら、ご飯にも、お酒にも、な一品になった。

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おいしい…♡

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レバーペーストはクミンやコリアンダーなどのスパイスを入れて、パクチーと一緒に薄焼きパンに。
異国の味わい。



ところで、最初の写真の四月少年、手を合わせて祈っているように見えるが、実はそうではない。
まだか、まだかと解体を待っているのだ。

原始人の生活、狩猟採集生活に憧れる少年に育てたのはわたしたちだ。
すべてが自給自足で、あるものを工夫して生活を送ってきた昔の人々への敬意をわたしたちは常に抱いていて、この年代の少年達にとって避けては通れないらしい「戦いごっこ」が、無意味に銃で撃ちあうような殺伐としたものや、際限なく威力が膨張してゆく魔法合戦ではなく、「生きるための意味ある戦い」であってほしいという願いから、四月少年に狩猟への憧れを植えつけた。

ところが、今、少年はわたしたちの想像を超えて、狩猟をナチュラルなものとして捉えている。
鹿やカラスを殺して食べることに、都会育ちのわたしたちが普通に感じる「畏れ」を抱かない。抵抗も全くない。
彼の中にあるのは純粋な興味と好奇心、そして「獲物を獲って食べる」ということに対する本能的な興奮だけである。
どちらが自然なのかといえば間違いなく少年のほう。
今でも肉といえば獲って食べるもの、庭の鶏を絞めて食べるもの、という暮らしをしている人々が日本以外の国にはたくさんいて、そのような人々にとってはいちいち「畏れ」なんて感じていられないだろうし、あくまでナチュラルに、生活の一部として、「殺すこと、解体すること」が「食べること、生きること」とつながっているのだろうと思う。
それはほとんど野生動物と同じ食べ方だ。

しかし、死から引き離されて育ったわたしたちは、そうではない。鹿の死の意味を考え、鹿の痛みを思い、手を合わせて祈らなければ食べられないと思う。死を畏れ、死んだものを敬う気持ちなしには解体できない。
だから息子の、死を自然なもの、肉を与えられたものとして得る生き方…彼はたった七歳だけれど、それはすでに「生き方」になっているような気がする…を見ると少し戸惑う。もう少し「畏れ」を感じた方がよいのではないかと思ってしまう。幼い頃からこんなふうに育って、彼の中の死生観はどのようになってしまうのだろうと、少々不安に感じる。

少年は肉を食べて、何を感じているのだろう。自分が生かされていることを、どんなふうに感じているのだろう。
わたしはわたしとは全く違うベースをもった彼に、何を教えたらいいのだろう。
今は猟師さんにいただいた肉を解体しているけれど、「獲物を獲って食べることの喜び」は、「努力して追い、殺さなければ肉が手に入らない状況」とセットになって初めて、少年にとって何らかの意味をもつような気もしている。肉を購入するのを止めてみようか…。

少しずつ、少年と語り合いながら、わたしも一緒に考えていこう。自然の中に当たり前にある、でも当たり前ではない、生と死のことを。

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Wさん、吉田さん、貴重な経験をありがとうございました!



2016.06.14 Tuesday ... comments(0) / -
#キツネとわたし
さて、「血の匂いのする話」の続きをしよう。

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ウサギ食の後日談。
自分で解体すると手に入るのは肉だけではない。
骨、皮、臓器も手に入る。
骨は子ども達が大喜びして様々に使う。今はおもちゃのように遊ぶだけだけれど、そのうち「骨角器」でも作りだすのではないかと思っている。
皮は、なめせば様々に使える。
けれども臓器のうち、食べることができない胃や腸については、どうすることもできない。膨らませて、固めて、容器にしたという昔の人々の話も聞いたことがあるけれど、ウサギの臓器では小さすぎるだろう。
たぶん、鶏も食べてくれない。
仕方がないので埋めることになるが、我が家の場合は二択になる。

‥擇柔らかい家の側に穴を掘って埋める
土が硬く藪がぼうぼうで穴は掘れないが、家から遠い場所に投げる

,楼柄飴遒靴燭海箸ある。鶏が猛禽類に殺された時のお墓。かなり深くまで掘ったつもりだったが、翌朝きれいに暴かれていた。
それで今回は△鯀んだのだが…。

翌日、わたしたちはいつものように鶏を外に放していた。
今まで、昼間、わたしたちが外で作業をしている時に獣が来たことはないし、鶏は自由に草をついばんだり、ミミズを食べたりと散策を楽しんでいた。
しかしその日は違った。
夕方、鶏小屋で水を替え、ヤギを繫ごうとその場を離れたほんの数分の間。
ヤギの鎖をほどいている時に鶏たちが騒ぐ声が聞こえた。
「ちょっと見て来て、鶏が騒いでる」と四月少年に言うと、緊急事態であるのを察して少年がさっと走っていく。
「こら!あっちへ行け!!」
少年の声が響き、一匹のキツネがわたしたちのほうへ駆けてきた。
慌ててヤギを連れて鶏小屋のほうへ急ぐと、ボリス・ブラウンが二羽、小屋の側で倒れている。
一羽はもう動かない。一羽は、驚いただけのようだ。

キツネは追い払ったと思って安心したわたしは、ゆっくりと鶏たちを集めて小屋に入れ始めた。
すると小屋の西側で四月少年が叫んだ。
「こらあっ!! …もうだいじょうぶだからね…」
そして、名古屋コーチンのメスを抱いて茂みから出てきた。お尻を咥えられて怪我をしたようだが、少年のおかげでほとんど血もでておらず、無事のようだ。
「もう一匹いるけど、頸をくわえられてたの…でも歩いてる」と言われたのは、ボリス・ブラウンのメス。一見無傷だが、小屋に戻すと横たわってしまい、しばらくすると死んでいた。
二匹いたのか、追われたのが戻ってきたのか。キツネは追い払っても追い払っても周囲をウロウロ、わたしが石を投げ、藪をかき分けて威嚇してもほとんど逃げもしない。

こんなところに書くのは恥ずかしいが、とにかく、猛烈に頭に来て、勢いのままに罠をしかけた。
罠にキツネがかかったら、殺そう、と思った。
普段わたしは無用な殺生がきらいで、食べるため以外の理由では殺したくないと思っているのだが、この時は「やるか、やられるか」という空気を感じていたのだと思う。


今まで多くの「悪いキツネ」が登場する絵本や昔話を読んできたけれど、そういった話を語ってきた人の気持ちがわかったことは一度もなかった。「キツネがいつも狡賢い」理由として「きっと害獣だったからだろう」と推測することはできても、それが実際にどういうことなのかまでは想像することができなかった。
前回、キツネに鶏が全滅させられたときも、やっぱり分からなかった。

今回感じたのは、「わたしが甘かった」ということだ。
「キツネだって食べるために必死なのだから、わたしはキツネを憎まない」なんて言っていた半年前のわたしはもういない。
わたしはキツネを憎んでいる。敵だと思っている。
戦わなければ負けるのだ。大切なものを奪われるのだ。
来たら徹底的に追い払う。恐怖のどん底に突き落とす。それでも来たら鉄砲で撃つ。
そのくらいの強い意志がなければ、これからもキツネに鶏を獲られ続けるだろう。


わたしの威嚇に少し逃げては藪の中からこちらを伺っていた、あの爛爛とした目のキツネは、ともすればわたしに飛びかかってくるのではないかとほどの気迫があった。どれほどの危険にさらされようと喰ってやる、お前に勝ってやる、という意志がひしひしと感じられる目つきだった。全力で立ち向かわなければ負けると思った。
猛吹雪の日に潰れた鶏小屋の下から必死に鶏たちを救った時のように、野生動物たちもまた、わたしが全力で立ち向かうべき自然であるのだ。
甘くみたり、「そこそこの付き合い方」ができる相手ではないのだ。

さて、しばらくして怒りがおさまったあと、「キツネが本当に罠にかかったらどうしよう」という気持ちになった。
キツネが本当に罠にかかったら、わたしはキツネを殺すことができるのだろうか。食べもしないのに、殺すためだけに殺すということができるのだろうか。その時、キツネはどんな目をしてわたしを見るのだろう…
「キツネに対峙する昔の人の気持ち」、最後まで理解できるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。



2016.06.13 Monday ... comments(0) / -
#少年よ、君は自由だ
前回の記事の金色クワガタ。
友人に「ミヤマクワガタには生まれつき金色の毛のはえたものがいて、自分が子どもだったころは”金角”と呼ばれ珍重されていた」と聞いて調べたところ、羽化して間もない個体には金色の産毛が生えているが、徐々に脱落してしまうらしい。
羽化したばかりのオスだったのね。

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その金色ミヤマクワガタ、四月少年が学校で自慢したところ、K君に「ちょうだい、明日持ってきて」と言われたという。
日頃K君とうまくいっておらず、仲良くなりたいと思っていた少年は二つ返事で「いいよ」と言ったのだが、観察ケースが狭かろうとビニールをかけたダンボール箱に入れたところ、夜のうちに脱走してしまった。木を動かしても、箱をひっくり返して土を調べても、どこにもいない。

当然、少年は意気消沈。
「あげるって約束したのに…」
「絶対、Kに怒られる…」
とがっくりしていたが、わたしが「怒ることないでしょ、だって元々はTのものなんだから」と言った途端、ぱっと振り向いて言った。

「違うよ。Tのものじゃないよ。自分は自分自身のものだよ」

そして、さっと立って行ってしまった。
クワガタはクワガタ自身のもので、誰かのものじゃない。
だから自由になって当たり前だ。
自分の発した言葉を聞いて、そんなふうに納得したのかもしれない。


少年の言葉は、間違いなく日頃のわたしの言動から生まれたものである。
わたしは、「わたしはわたし自身のもの」と、思っている。宗教ももたないわたしにとっては、自身のほかに自分を所有するのは、わたしがその一部であるところの自然…地球だけだ。
どんなに偉いと言われている人でも、自分が尊敬できなければそんなふりはできないし(大学職員には向いていなかったかもしれない)、「○○家の嫁」として扱われるなんてことには耐えられそうもないから、そんな境遇にならなかったことに感謝している。
「自分は自分自身のもの」という感覚は常にわたしの中にあり、それがわたしの中の大切なものを、誰にも汚されず蹂躙されないように護っている。

しかし、他人に対してはどれだけ「あなたはあなた自身のもの」と、尊重できているだろう。
特に家族に対して。
「あなたはわたしの夫、わたしの子ども、わたしの分身」というように、怖いくらいに所有しようとしていないだろうか。
いつか少年に、「違うよ。あなたのものじゃないよ。僕は僕自身のものだ」と言われる日が来るのではないか。

わたしは、なかなか自分を変えることができない。
母親になって七年、子どもを尊重したいという思いは常にあるのだが、「自分のもの・自分の言うことを聞くべき存在」として扱うことを止められない。コントロールしようとすることを止められない。
もちろん、少年には学ばなければならないことがたくさんあり、素直に受け取らなくてはならないこともたくさんある。
けれども彼の心は自由であり、相手が誰であってもコントロールされるべきものではない。
わたしは彼を家畜にしてはならない。

だから少年に伝えるのだ、
「もしもどうしてもやりたくないこと、正しくないと思うことをやるように強要されたら、親や教師の言うことであっても、聞かなくて良い。そのために何かが傷ついたり損なわれたりするのでなければ」と。
「ただしその理由はきちんと説明してほしい。あなたはあなた自身のものだけれど、他者や世界と関わって生きてゆくのだから」と。
いつかわたしは少年に、「僕は僕自身のものだ」と言われる日がくるかもしれない。その時わたしは何を感じるのだろう。
良い母親になることに失敗した挫折感だろうか、それとも息子の成長への感慨だろうか。
その両方かな。

…なーんて想像に耽る前に、はい、わたしももう少し家族を尊重できるように努力いたします。



2016.06.09 Thursday ... comments(0) / -
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