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ぺーじむいしゅきん−北海道十勝の原野より

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#大きな変化/夏の写真・冬至写真

SDカードの奥に、未整理の夏の写真がたくさん入っていて驚いた。
夏なんて、なんだか五年も前のことのように感じる。
今年はわたしにとって、とても不可思議な一年だった。

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(こんなにまぶしい夏の写真を見るとくらくらしてしまう…)

春、蠟燭森の概要と土地をシェアする構想についてホテルヌプカで話す機会があった。
夏までは畑もまずまず順調で、『田舎暮らしの本』や地元のUターン誌の取材などもあった。
見学者さんもコンスタントに来ていて、11月にもひとり来るはずだった。
猟師さんと仲良くさせていただき、そこから派生した出会いで革のなめしを教えてくださるという方とも出会い、冬には銃の免許取得も目指す予定だった。
でも夏からの畑はひどかった。雨続きで畑に入れず、病気や虫に襲われ、野菜は買うことの方が多かった。
8月、9月に台風が来て、原野をさらってゆき、
妊娠が発覚し、
今までに体験したことのない体調の悪さに襲われて一ヶ月半寝たきりとなった。
そしてそこから復活した自分は、もう元の自分ではなかった。

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(夏にキャンプで立ち寄った富良野の写真)

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(なんて天国的なのだろう…)

「元の自分ではない」ということを体験して、何だか小説みたいだと思う。

作り話みたい。
でも様々な点において、もう夏までのわたしではない。

ひとつ例を挙げると、自分でもとても驚いたのだけれど、以前のような「旧姓へのこだわり」がなくなってしまった。
12月に復活祝いとして糠平温泉に泊まったのだけれど、予約の際に戸籍上の名を答えている自分に気づき、とてもびっくりした。
以前のわたしだったらもちろん「江島悠子」と名乗るか、戸籍上の姓を使う必要があれば必ずT氏の名義で予約したはずだ。今だって、T氏の姓が自分の名としてしっくりくるわけではないし、別の人の名前のように感じるのは変わらない。けれど、T氏が受付で自分の姓を名乗った時に宿の人が「ご予約のお名前は…???」となったり、T氏が言い直したりするよりは、わたしが戸籍上の名前を使う方がいいや、と感じるようになったのだ。
あらゆる点でこのような自分の変化を感じ、自分は一体どうしてしまったのだろうと首をかしげている。

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(五郎の家。観光地だし…と思ったけれどなかなか興味深かった。石の家いいなあ)

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最初は、大きな消耗の後で、自分の中にそれだけのエネルギーがなくなったということだろうかと考えた。
でも、感覚としては「今までがどこか無理をしていたのだ」という感覚。
普通に考えれば、災害によってそれまでの計画が崩れ、体調不良が続いた後、つまり”非常時”である現在の考えの方が特殊で、その前のほうが”自然体”だったのだろうということになるのだろうが、「崩壊後」である現在の目から見ると、以前のわたしはあらゆる点で無理をしているように感じられる。

たとえば、「自給の度合いにはそこまでこだわらない(全てを自分で作らなければと思わない)」と言いながら、原野での自給がままならないことを「負け」のように感じていた。
たとえば、「理想の生活」の青写真を(青写真なんてない、それは生活の中で作るものだ、なんて言いながらもやはり)追い求め、しかしもちろん一朝一夕にたどり着けるものではないので常に「中途半端だ」「できていない」という感覚をもっていた。
たとえば、「ずっと自給がしたかった」と言いながら(それ自体はその通りだけれど)、いつしか自分がやりたいからというよりも、自分は仕事を辞めたのだから、社会的意義のあることをここでやらなければならない、自分にも人にも認められなければならない、という思いに動かされていたような気がする。
たとえば、「戸数が増えたら、みんなで一頭牛を飼ってシェアしたりできるかも」などと妄想したけれど、なぜ近所にこれだけ牛屋さんがいるというのにわざわざ自分のところで飼いたいのか。「閉ざされた場所にしたくない」と言いながら、わたしはここを自分の気に入ったやり方が行われる、気に入った風景の「王国」にしようとしていなかっただろうか?

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今までの全てを否定するわけではないけれど、大変であればあるほど「厳しい自然の中で生きているたくましい自分像」のようなものを作り上げて自分を鼓舞していたわたしに、今の自分なら「そんなに、闘わなくてもいいかもしれない」と声をかけるだろう。
思えば、「厳しさの中で生きているたくましい自分像」というのは息子が生まれた時から始まっていて、このブログも「時に悩みながら、打ちのめされながらもその中にある喜びを求めて生きる」というような記事がとても多い。
長い間、子育てが闘いのようになっていたと思う。

でも、長い年月の間に築かれた様々なものが「崩壊」した今、心の中にあるのは「闘わない方法もあるのではないか」「元々のわたしは闘う人ではなかったはずだ」というような思いだ。
それはまだぼんやりとしていて具体性がなくて、T氏に説明しようとしても「つまり、これからどうしたいのか」という部分がなかなか自分でも見えてこないのだけれど、
そんな大きな変化が、自分の意志とは関係なく起きた今年はなんだかとても特別な一年で、その「崩壊」に深く関わっているお腹の子どももわたしにとっては特別な子どもで、そういえば今年は結婚して十年目じゃないか!

と、そういった諸々がもうあと一日で終わってしまって、新しい何かが始まるのだ。
単なる一年の終わりというよりは、「自分の中でここ数年単位で起きていた何か」の終わり、という感じがして、何だかとても感慨深く、今年は結婚して初めて(わたしにしては)気合を入れた大掃除をした。
蜘蛛にはやさしい我が家だが、蜘蛛の巣も払った。窓もぴかぴかだし照明も輝いているし、至らないところは多々あるにせよ、気持ちは今までの十年間でいちばん清々しい大晦日になりそう。

来たる一年がどのような年になるのか、今はとてもドキドキしている。

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と、いうわけで後半は夏の写真、そして冬至の写真たち。

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(富良野に行く前は、観光地だしなあ、と思っていたけれど、キャンプ場も含めとてもよかった。やっぱり人が集まる場所には理由があるのね)

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(一目惚れした木)

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(十勝岳温泉。わたしはこのような山にとても弱い。温泉も、風景との間になにも隔てるものがなく素晴らしかった。ずっといたかったなあ…)

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(キャンプで何を作ったか、もう忘れてしまった…)

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(予約せずに行ったのにたまたま買えてラッキーだったアムプリン。また食べたい)

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(どこか農場でブルーベリー狩り)

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(日の出岬も泊まった)

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(日の出は確かにすばらしかった!)

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(こちらはサロマ湖。ここは海と湖の中間のような場所で、子どもも安心して泳げてとてもよかった!)

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(海藻が乾いてふかふかになっていて、とてもあたたかくて気持ち良かった)

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(帰りに寄った白滝の博物館。石器を作らせてもらった)

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(我が家の夏の畑)

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(ピーマン、ナスはたくさん獲れたなあ…)

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(T氏が誕生日ケーキをつくっているところ)

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(毎年14歳なわたし。今年もトライフルをリクエスト)

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(四月少年が、石のコレクションと土で作った人形をプレゼントしてくれた)

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(にんじんの花。きれいだなあ…)

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(ヤギに食べられて植え直したきゃべつは結局、ものにならなかった)

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(色々育苗していたけれど、植える前に寝込み生活に突入…)

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(大した肥料なしで、自分にもスイカが作れると知って驚いたっけ)

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(色んなハーブを乾燥させたのだけれど、その後全ての匂いが駄目になり、結局あんまり活かせていない)

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これかかっているペーストは何だろう?「同種あえ」というやつかなあ。
緑が目にまぶしい。


夏の写真はここまで。

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(こちらは12月のあとりの会で作った鹿脂)

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(冬なので冷やすのに雪が使えるだけましだけれど、思った以上に手間がかかる!)

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(今回、10キロの脂からとれた純粋な脂は2キロ弱。やり方を改良したらもっととれるのだろうけれど、それにしても貴重品! 今回作ったハンドクリームの他に獣脂蠟燭にする予定だったけれど、勿体なくて蠟燭にしたくない、笑)

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(最後の鍋は鹿すき焼き)

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(このあと固まってハンドクリームになった。
鹿の匂いがあるのだけれど、松の精油を入れたらいい感じの匂いに。)

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(大雪の中、絞めて毟って捌いたローストチキン。コーチンではなく軍鶏の血が入っていたのか、慣れてからはヤギにまで毛を逆立てて喧嘩を売っていた)

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(江島家の伝統、クルミとチョコレートのブッシュドノエル)

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(おいしかったね。)

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(翌朝、何も言わずに起きて包みを開け、それから玄関のお菓子の家に気づいて走って行って、たぶん目をまるくして、「見て!お菓子の家がある!!」と弟を呼びに行った四月少年)

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(机を動かしたので露店のお菓子が散らかってますが…。去年の手作りクッキー&パンケーキの家は豪華で重すぎて、なかなか食べきらず、酸化も心配な感じだった。サンタも改良を考えたようで今年はフルーツ主体の軽い家でよかった!)

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(ちなみにサンタクロースからのプレゼントは、四月少年へはおはじきと懐かしのおゆまる君。十月少年へは折り紙と折り紙の本。オールドファッション! その代わりというわけではないのだけれど、なんと親からのプレゼントとして我が家らしからぬ?機器を導入。アンプなど色々検討した結果のユーズドWiiU! だって少年ののど自慢大会の練習に40分かけて帯広まで行って、お金使って、その度に子どもたちが飲み放題のジュースとかアイスとか食べまくるのがいやだったんだもの。今まで、少年は家の手伝いをすると一日に30分DVDが見られるというルールになっていたのだけれど、JOYSOUNDも選択できるようになった。周りは原野なので何も気にせずに歌いまくってます…)

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(十月少年も薪を運べるようになった!)

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(がんばれー!)

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(さてWiiUだけでなく、毎年恒例の手作りプレゼントも…)

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(わたしから四月少年へ、ラスコー壁画茶碗)

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(内側も渋いでしょ)

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(T氏から十月少年へ、小学校の剪定の際にもらったオンコの木で作った箸と箸置き)

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(なかなかいい感じ…)

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(十月少年は折り紙作品や絵を、四月少年は陶器の手作り箸置きをみんなにくれた)

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(六時でも光のない朝。わたしが生まれ育った住宅地ではうまくイメージできなかったけれど、ここではサンタクロースが夜の間にそっと訪れるということがとても自然なことのように感じられる。この静かさは、もしもこの地を離れたとしてもきっと一生忘れないだろうなあ…)

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(初めてのニシン漬けも、ちょっとトウガラシを入れ過ぎて辛いけれど、おいしくできたし…)

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(明日は残りのおせちを作りながらのんびりと年越しだ!)

一年間ご愛読くださった皆様、ありがとうございました。
来たる一年が、平和で穏やかなものとなりますように。




2016.12.30 Friday ... comments(4) / -
#Comment








肉体も精神も、とことん追い詰められて、そこから回復した後に、自分が変化してるというのは何だかわかる気がするなぁ。
えじまさんは、昔から理想主義でストイックだから、つい心配になっちゃう…。
でも、肩の力が抜けて、重荷から解放されて、体が軽くなった感じがしない?
わたしは流れに身を任せる、という生き方にして、ずいぶんと心も体も楽になりました。
変わることが良いか悪いかはわからないけど、良くも悪くも年齢を重ねで変化していく。変わること自体が面白いと感じる、今日この頃です。
| oka | 2016/12/31 12:10 AM |
okaさん
今回の件の最中に、何度okaさんの「江島さんは理想主義で極端だから、何かあったときにそれまでのすべてを否定しそうで…」という予言を思い出したことか。
確か五年前くらいの手紙に書いてあったんだけど、わたしにも、こんなに正確に理解してくれる友人がいたのね(笑)。
崩壊はもう起きてしまったけど、地震はプレートの力が溜まっているところで起きるわけで、そういう力み、無理な力みたいなものが解放された感じは確かにあるかなあ。
流れに身をまかせて逆らわないのも、いいかもね。
okaさんのこれからについてもまた話を聞きたいです。
| えじま | 2017/01/04 1:32 PM |
あはは…予言(笑)
そうそう、すばるんがおなかの中にいる頃だった気がする。

でも生きているということは成功と失敗、獲得と喪失、生と死…を繰り返すことだものね。これが正しいと枠組みを決めて生きていても、なかなかそう思った通りにならない。もちろん理想を持つことは良いことだと思うけど。

実はね、突然だけど父が先週急逝したの。残念ながら死に目には立ち会えなかった。でも、そうなることは松戸を離れた時から、ずっと覚悟していたことだった。母から父の最期の様子を聞いて、父が選んだ生き方で死に方なのだと思えるの。悲しいし寂しいけれど、不思議なくらい父の死を穏やかに受け入れることがスーッとできた。

医者の不養生だけど、直前まで酒とタバコを呑んでいて、母が気づいた時には、父は自宅のリビングのソファーで眠るように息を引き取ってたんだって。
慌てて人工呼吸と心臓マッサージをしながら救急車を呼んで病院に運んでもらったけど。
母1人で60分で救命処置の継続を中止する判断をして看取って(60分心肺蘇生をしても戻らないときは、もう戻ることはほとんどなくて、家族の到着を待つまでお願いするご遺族もいるのだけど、それはただ身体への負担が増すだけなんだ)、すぐに兄に連絡して角膜提供の手続きをアイバンクと進めて(角膜提供する場合、ご遺体から死後24時間以内に献眼をしなけるばならないのね)、いただいた御香典の一部はアイバンクに寄付しようと母が言ってくれて、無宗教だから音楽葬にして父の好きだったジャズやジョンレノンをかけようって、私は提案した。

ちょうど週末が葬儀で、無事に終わったところ。

父は、本当に李白みたいに亡くなってしまった。酒に酔って、湖の月を取ろうとして、溺れで死んだ、それくらい自由で充実して幸せな人生だったなぁ…。

私も、そんなふうに生きて、死にたいと思うよ。

| oka | 2017/01/16 9:04 PM |
生きていることは成功と失敗、獲得と喪失、生と死を繰り返すこと…。本当にそうだよね。
わたしもこの年になり、ようやくそんなことが分かるようになったよ。

お父様のこと、お悔やみ申し上げます。
最も身近な人の死は、医師として看取ってきた死とはまた違うだろうけれど、「自由で充実して幸せな人生だった」と振り返ることができて、よかったね。
突然のことでお母様はショックも大きかっただろうし、大変だったと思うけれど、子どもたちが頼りになる大人に育ったことを感じられたかもしれないね。

わたし、いつか死ぬこと(自分という存在がいなくなること)が子どもの頃からとてもとても怖くて、何度も克服しようと試みて、その時々ではそれが自然なことだと納得するのだけれど、やっぱり今でもたまに怖くなることがあるの。

でも、死というのは誰もが迎えるもので、死なないということは生きていないということだものね。
変な言い方だけど、生ききることで、死にきることができるんだろうね。

これからの人生、どんなふうに生きていこうか。色々考える今日この頃です。
| えじま | 2017/01/17 10:54 AM |
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