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ぺーじむいしゅきん−北海道十勝の原野より

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#今年の反省/ヤギを飼うことについて

あっという間に十二月。
今年のまとめと反省をしておこう。

 

春 4-5月
・ハウス内の開拓と設置をがんばった。
・ハウス内で行っていた育苗。トマトが霜にやられ、お向かいのOさんに苗を分けていただくことに。霜については六月まで気は抜けない。何枚もビニールを貼り保温するか、室内で育苗する方がよい
・雌ヤギのマヤが出産。男の子二頭。今年は手間を考えて、離乳後も搾乳はせず。
・子ヤギをキツネから守るために玄関に入れたり、人が見ているところで散歩させたり。かなり手間がかかる
・毎日のように山菜料理。楽しかったなー

 

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初夏 6-7月
・ハウスの葉物、第一陣はとてもよく育ち、中カブ、ターツァイ、レタス、小松菜などが食べ放題に。
・トマトはマルチをしたが、植え付けが遅かったためゆっくり育ち。
・露地にもアブラナ葉物、ニンジン、じゃがいも、大豆、インゲン、春菊、キャベツなどを埋める/定植。
・ヤギの首輪の金具が壊れて脱走し、最盛期のハウスを荒らされたうえにキャベツの苗を食べられる
・鶏たちは過去最高の羽数となり、卵の自給率が一時100%になるも、対策の甘さゆえキツネにとられる
・子ヤギはキツネに狙われないよう、つないだり小屋へ入れたりの日が続き、また雨が降ると四頭とも小屋に入れなければならないため、とても時間をとられる
・6月から雨が続き、畑に入れない日が続く

 

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夏 7-8月
・雨が続き、畑に入れない日が続く
・露地畑はニンジンのみよく育つが、アブラナ科の葉物がいまいち。ナガメがたくさん発生。
・植え直した露地キャベツも育ちが悪く、毎日青虫を獲るも結局大きくはならなかった(栄養が足りなすぎ?)
・ハウスの葉物、第二陣はアブラムシが大発生。
・ハウス内のトマト、灰色かび病に罹患。ハウス内の湿気を抜きたいがどうしようもない。天井に水滴がたくさんついて、ポタポタ垂れているような状態。
・そんな中でレタス類、ピーマン、ナス、トマト(苗の本数が多かった)は自給率100%。ただしトマトについては、一年を通して自給したいと考えていたが作れた瓶詰めは十本に満たない。
・オカノリ、空芯菜はアブラムシもなく元気だが、料理の汎用性がないため余ってしまった
・コマツナやルッコラなど種とりを目的に実をつけていたものも、ナガメに食べられて採取できず。

 

秋 9-11月
・9月上旬より体調悪く何もできず、畑とハウスは放置状態。
・ハウス内に一本だけ植えていたスイカから大玉をふたつ収穫。世話は花を摘んでいただけ。
・雄ヤギのガラが亡くなる。
・ずっと掘れなかったジャガイモを11月に掘るも豊作とは言い難い。大豆との混植があまりよくないのか、豆も芋もいまいち。

 

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<まとめ>
・育苗は早めにスタートし、温度管理に気をつけるべし(といっても出産時期と重なるので来年は育苗できないかも)
・今年ふるわなかった露地。鶏糞などを入れてみよう
・アブラムシやナガメは、出ない方がいいが、出た時の対策をきちんとたてておく
・今年豊作だったニンジンは来年も多めに蒔く
・今まで混植を基本としていたが、管理しづらいうえに害虫予防にあまり効果なし。豆、ジャガイモなどは管理しやすいよう単一の畝を使う
・来年は大根を作ってみたい
・子どもも生まれる来年は剣先開拓(スコップによる開拓)はしないことにする
・開拓のために飼っているヤギの世話でかなり時間がとられている。特に繫ぎ直し、一頭一頭への水バケツ運び。また度々杭が抜けるなどして脱走したときの被害が甚大。電気柵などで囲い、いわゆる放牧状態にできないか検討。

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ヤギの飼育については迷いがある。

ガラが亡くなった後、
「もし鎖にからんだことが原因だとしたらもちろん言語道断で、今後は繰り返さないようにしなければならないが、衰弱で亡くなったとしたら?」
ということが頭から離れなくなった。
ガラは7歳。
ヤギの寿命については諸説あるようだけれど、飼育下ではだいたい12歳くらいというから、5年も短かったということになる。
我が家では開拓のために飼っているので、動物園のヤギのようにあたたかい小屋で栄養のある干し草を食べてのんびりさせてやるということはできない。ふきっさらしの原野で、そこにある草、つまりイタドリやヨモギや笹やクローバーやタンポポなどを食べながら、ハチやブユを常に追い払いながら、暑さや寒さに耐えて生きているヤギたちは、どちらかといえば「飼育下」ではなく「野生」といった方が近いのかもしれない。
手厚く保護するわけではなくほとんど野生のようなものなのに、鎖でつなぎ拘束している。それってちょっとあんまりじゃない?


(数か月前のランプ。最近写真を撮っていないけれど、今ではひげが生えているし、身体も毛が長くなりモコモコに。)

「ヤギと人との付き合いなんて昔からそんなものだよ」と言われればそうなのかもしれないし、「家畜の飼育の方法は酪農家でも色々ある、自分のやり方に自信をもって」と言ってくれた人もいる。「冬期でも牛を放牧していると、最初は辛いけれどだんだん牛も毛で覆われて環境に適応するんだよ」と教えてくれた友人もいる。
けれどガラが亡くなった日に感じた「ガラはかわいそうだった、こんなことをすべきではなかった」と感じた思いは消えない。
もう開拓なんてやめさせて、ペットのようにただ可愛がって飼いたい。そうでなければ、もっと大切に飼ってくれる人の元へ行った方が幸せかもしれない。ガラの死からひと月以上経った今でもそんなふうに感じている。

どのみち、開拓するならヤギよりもガソリン草刈り機でブーンと刈った方がだんぜん手間が少なくきれいである。脱走して畑を荒らされる心配もない。そうではなくヤギで開拓したいというのは、ガソリンや電気を使わずに、昔の人たちが行ったような方法で、というわたしたちの単なる自己満足のため。もちろんその根底には環境に配慮したいという思いがあるのだが、だからといって「必要だから」「このように利用したいから」というこちら側の都合だけでは生き物は飼えない。

今回、わたしが倒れてT氏や少年が主に世話することになった際、繫ぎかえや見守りの頻度などの世話の質は低下したと思う。ガラの直接の死因になったのかどうかは結局わからないけれど、T氏が誤ってマヤの近くに繫いでしまったのも余裕のなさが原因だろう。

つまりわたしたちは不慮の事態をほとんど想定せずに生き物を飼っていたのであり、程度の差こそあれ「突然(想定外の)〇〇が起こって飼えなくなっちゃいました」とペットを放り出す困った飼い主たちのことを非難する資格はない。
そんなふうに考えていると、今まで真剣に飼っていると思っていた自分たちの考えの甘さにますますがっくりしてしまう。

自分たちは原野を開拓してもらうかわりに、ヤギになにをしてやれるんだろう…。
わからない。
「家畜」はモノではないということはわかっていても、ではどこで線を引けばよいのか。わからない。
三頭も何の役割もない中型動物をペットとして飼うのは難しいから、夫婦となったマヤと白ヤギのモクは誰か大切にしてくれる人に譲って、我が家で生まれたランプ、呼べば撫でておくれと寄ってくるランプ、ガラの忘れ形見のランプだけは手厚く保護しながら半ペットとして飼おうか…。それとも何か、迷いを感じないような原野での、家畜としての飼い方があるだろうか…。

今、三頭のヤギたちはヤギ小屋/T氏が風よけのビニールや板を張った運動場にいて、わたしたちが夏の間に集めた草を食べている。時々わたしが来て、残飯やカボチャをあげるのを楽しみにしている。つい最近までは干し草があっても外に出て青草を食べたがったけれど、さすがに今はそれほど出たがらない。鎖がないのでのんびりしているようにも、寒さのなかで一生懸命身体を寄せて生きているようにも見える。ヤギたちはどうしてほしいんだろう。わからない…。



上記の文章を読んで、もしも雌ヤギのマヤと雄ヤギのモクを夫婦で飼いたい、飼い方については幸せな関係を築く自信があるという方がいたら、どうぞ連絡をください。
四歳のマヤは神経質で頑固だけれど人懐っこいところもある。一歳のモクは温厚で従順、とても性格の良いヤギ。
以前のわたしだったら「ここで逃げずに”家畜と人の関係”についてしっかり考え、迷いながらも飼育する中で考え続け、答えを出していこう(それが自分の理想である)」と考えただろうと思うが、この秋の「崩壊と再生」の中で何かが大きく変わり、「わたしが逃げないとか、しっかり最後までやりきりたいということよりも、今あるものをどうしたら大切にできるのかということを考えたい」と思うようになった。

これは「逃げ」だろうか? かえって無責任なことだろうか?

ヤギと話ができたらいいのにな…。




2016.12.01 Thursday ... comments(0) / -
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